気が向いたらオープニング。

「なぁ、そこから降りてきてよ。」
「来ないで!」
 夜、街は眠りに着く事なく照明を変えて動き続けている。
私は誰もいないビルの屋上のフェンスの外側にいた。
「そんな事いわれても…。君がそこから戻ってきてくれるなら行かないけど…。」
 さっきから目障りにまとわり付いてくるアイツ。
去年から同じクラスになったアイツは事あるごとに私に付きまとってくる。
「そんなことするわけないでしょ。そんなだったら最初からここに居ないわよ!」
私は正直嫌気がさしていた。このロクでもない世界も、学校も、友達と言う名のクラスメイトもそしてもちろん目の前のコイツも…。
周りに辟易している私は一人で居たかった。それなのにこいつは土足で断りもなく私の心に踏み込んできたのだ。
「僕が止めようとしてもそれより早く君は飛び降りることが出来るだろ?」
 そういってアイツは私に少しずつ近づいてくる。いつもこんな感じだ。
「あ、当たり前でしょ!だから止めようとしても無駄なの!」
「そう、無駄。世界なんて無駄だらけなんだ。」
 そしていつも難しいことばかり言って来る。
「無駄だけど確かにそこに存在している。その存在を分かってもらいたい。」
 一歩、また一歩とアイツが近づいてくる。もうフェンスの外にでて私の立っている場所にも近づいてくる。
「何言ってんのよ!わけわかんない!」
 吹き付ける風が私とアイツの間を絶えず隔てている。アイツはいつもと同じように自信のないような抑揚の少ない声で話しているのにその言葉は一言も漏れずに私の耳に届く。
「君が好きだって事。行かないでほしい。僕と君は違うものだから。僕は君がこの「世界」から居なくなってしまったら悲しい。」
まっすぐに言葉を飾ることはしないあいつの声が私の心を揺さぶる。
でもここでこのビルを降りてしまったら私の覚悟はどこに行ってしまうんだろう…。
何もやりたいこともなく、かといって何もしないこともしないで学校に惰性だけで通って行く私がようやくこの場所に立っているというのに…。
「そんなわけないでしょ?学校でもいじめられて、家族にも暴力を振るわれて!あんただって分かってるでしょ!私をかばわなけりゃアンタも苛められなくてすんだのにね!
でもそれも今日で終わり!私が居なくなればアンタも虐めから開放されるのよ。」
「別に他のやつの事なんてどうでも良い。君と居られればそれで良い・・・。どうすれば良いのかな…。」
「嘘!うそよ!何で私のことを好きだなんてことが言えるのよ!アンタも私のことだまそうとしてるんでしょ!」
「そんなことはない!」
 アイツは大声を上げる。今まで聴いたことのないようなそんな気迫を持った声。
初めて聴くアイツの強い言葉に私は二の句を告げずに居た。
「なんでそんな事をいうんだよ!好きだ!戻ってきてほしい。君が戻ってきてくれるんだったら何だって出来る。」
「何だってできる…?そんなこと簡単に言わないでよ!何で人のためにそんなことが出来るのよ!担任だって最初は親身になってくれたけど結局何もかわらなかった。」
 嘘だ、変わらなかったのはむしろ私のほうだ、周りに嫌気がさしていたから私からかかわらなかっただけだ、そうしていたら私に救いのてを伸ばそうとしていた人間も居なくなった。全ては私の思ったとおりになったわけだけど。
「だから変わってくれるまで僕は待つつもりだ。」
「じゃあ、そのナイフで自分の目を刺してみなさいよ!」
私はそんな事を口走っていた。他人のために身を削ることを信じられない私が、他人のために自分の命をかけるなんてことは考えもよらなかったからだと今は思う…。それでも私はそういってしまったのだ。
「目を・・・?」
「そうよ、そうすればあんたの言葉信じられるし、ビルからも降りるわ。」
 アイツはいつも不思議な形のナイフを持っていた雷みたいな形をしていて切るよりつつかれたほうが痛そうなやつだ。
 アイツはお守りだといっていたがそのナイフを今日も腰に下げていた。
「それで君が戻ってきてくれるんだったらそれでも良いよ…。」
 そういってアイツは腰に下がったナイフを手に取り、自分の目の高さまで持ってくる。
 一瞬の沈黙が永遠の長さに感じる。
その後赤い鮮血が風に乗って私の顔に降りかかる…。
「う、嘘・・・。」
「や、約束は果たした…。だから戻っておいで…。」
 眼球に刺さったナイフから腕が離れてそのまま力なく落ちる。
「お帰り…。さぁ一緒に帰…。」
 そのとき、ひときわ強い風がビルに横なぎに吹き付けてくる。
 その風にあおられてあいつはビルのヘリから空中へとそして地上へと吸い込まれていく。
その光景の数旬後、街のネオンサイトの物らしいの青白い光を見て私は意識を失った…。